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済州島便り vol.049(2012/1/15)

周藤先生の講義

5. メシヤの使命(13)

周藤先生

《迫害時代の終焉》
  激しいキリスト教に対する迫害にも関わらず、キリスト教は拡大を続け、300年代に入るとアルメニア、エチオピアなどの国がキリスト教を公認するようになります。312年、ミルウィウス橋の戦いに向かう際にコンスタンティヌスTは、太陽の下に浮かんだ逆さ十字、XP(キリスト)の頭文字、「この印をもって戦えば勝てる」という文字を見ました。
  戦いに勝利したコンスタンティヌスは313年のミラノ勅令で、キリスト教を公認します。さらにテオドシウス帝の時代になると、380年、キリスト教はローマの国教となり、392年には他の信仰は禁止されました。
  モーセがシナイ山で受けた十戒と律法がイスラエルの信仰の柱となったように、イエスの行跡を記した福音書も紀元100頃までに完成し、397年、新約聖書が正式なキリスト教経典となります。
  しかし、一方で三位一体論を中心にアタナシウス派とアリウス派の神学論争が起こり、イエスの神性を否定し、人性を重んじるアリウス派が異端とされたり、イエスの歴史性を疑問視するグノーシス派が現れたりと、教理的な混乱も体験するようになります。
  また教会の組織化が進み、聖職者の身分が成立すると共に「教父」と呼ばれる学者が現れました。中でも、アウグスティヌスは劇的な回心の後、異教と異端との論争を通してキリスト教の正当教義確立に尽力し、当時最大の教父と呼ばれました。
  

修練生の感想

● 第238回14日修 西東京 S.Y (35) F

 今回この修練会に参加するに当たって、はじめは家庭修の前に参加しなければならないからという理由だけで主体者と共に5日修に参加しようと思っていました。でも麗水の40修に参加する中で、もう一度原理を学びたいという気持ちが少しずつ出てくるようになりました。
 そして麗水から戻り、前線に出たり教会のお手伝いをしたりしながら毎日を過ごす中でその気持ちはだんだん大きくなり、家庭部長の勧めもあって14日間の修練会に参加する事に決めました。
 久々に創造原理から堕落論、復帰原理と講義を受ける中で神様が私たちを絶対信仰の基準で信じ、創造してくださり、堕落してもなお復帰させようとしてくださっているという事を知ることができました。私たちはその神様の愛にお応えしなければならないし、そういう心情を持ちたいと思いました。また神様と人間のそのような関係の歴史を解いてくださった御父母様を改めてすごいと思ったし、神様を解放したいと思われる御父母様の心情を相続したいと思いました。
 今回,初めて主体者と一緒に修練会に参加させていただき、そのことが大きな恩恵だったと思い、心から感謝しています。同じ内容を同じ時に同じ場で学ばせていただいて心情もより近くなったし神様を中心とした家庭を築いていこうという話し合いもすることができました。

●第87回5日修 新潟 I.K (42) M

 済州島にて3日間という短い間でしたが、本当に充実した日々であり、又とても為になり、面白おかしく学ぶことが出来、本当に良かったと思いました。改めて神様や真の御父母様の心情に触れる事が出来、これからの天一国創建への願いを託された真の家庭のあり方について学ぶことが出来ました。
 2日目のお昼からの散歩もすごく楽しかったです。でも、やはり相対者と一緒でなかったのが少し残念な気がしました。教会で、今後この修練会に参加する兄弟姉妹には出来たら、相対者と一緒に参加した方が良いと勧めたいと思います。
  

●第87回5日修 和歌山 T.H (27) M

 今回、第87回成約摂理特別修練会に参加出来たことを本当に神様、真の御父母様の前に感謝致します。正直、ここに来るまでの道はとても長く、相対者にも迷惑をかけてしまいました。自分は参加してもよいのか、そこに立つべき資格があるのか、そんな思いでいました。しかし、7月で準備して下さったのか参加することができました。その時、神様、真の御父母様は用意してくださったのだなと痛感致しました。本当に感謝しております。
 短い期間の中で、S講師からの講義を受け、そこにはどれを取ってみても重要な内容ばかりでこれから夫婦としての生活をしていく中で、必要な内容でした。神様が願われる息子とならなければならない。真の家庭を築き、神様の前に帰っていかなければならない。そう思いました。
 そして最終日の再臨主についての講義を聞き、涙が流れました。お父様の自叙伝を訓読してきましたが、ただ読んでいるだけのような気がしていました。しかし、その路程を歩んで来られたお父様の心情を思った時に、どれ程苦しく、どれほど悲しかったことか。お母様の路程の話でも同じ感情になりました。自分の胸の中が痛くなるほど、自分は今まで何もしていない、そんな心情でした。
 修練会を通し、今の自分に出来ることは何なのか、と思った時、自分には最愛の妻(相対者)がいる。私にも与えられた妻がいる。だからこそ、愛して行こうとより強く思うことができました。まず、自分に出来ることから始め、率先して神様が願われる夫婦を築き歩んでいこうと思います。
 

●第87回5日修 北東京 Y.T (32) M

 余りにも短く、余りにも名残惜しい修練会でした。
 神様の願いを知りたいと願って出発した修練会、備えが足らず、直前までバタバタでした。久々に相対者と授受作用し、数ヶ月間であったこと、現状を共有する時間となった。何よりこの大自然、大好きな海と真っ青な空、何て素晴らしい修練会なんだろうと思った。4日間を通して、この環境から本当に離れたくないと思ったし、何より波の音の中で祈る時間が好きだった。
 講義では、S講師の豊富なみ言に相対しきれず本当に申し訳なかったが、何回か祈って臨んだので受けた恵みも多かった。特に堕落論補足の講義の中で、ずっと神様がご自分の事を責められていたという心情に涙が出たし、Mさんの証しを通して、お父様がこの修練院で多くの兄弟姉妹を愛する姿が目に浮かび、涙が出た。
 あまりに苦労が多い道、一人一人の心情を読み取られながら、受け止められながら愛していかれた姿に、本当に愛を感じた。二日目の講義は特に尹院長のみ言に愕然とした。神様が与えて下さった性というものの価値は、自分がこれまでとらえてきたものと180度違った。相対者を与えられ、家庭出発を目前にし、それが光り輝く尊いものであることを改めて感じた。これこそ原理の核心的内容であると思ったし、改めてこの内容を語れる御父様はメシヤだと思った。誰の頭をどう絞ってもこの内容は出てこない!相対者が講義を聞きながら「祝福を決意してよかった。」と涙ながらに話してくれたことを通して神様の開放を感じた。
 三日目の講義。お父様の路程の中で、興進様を霊界に送られる場面で、その感情を握りつぶすようにして、涙一滴流されなかったお父様の姿に、真の父母というものの口では言えない、悲惨さ、重さ、つらさを感じて言葉が出なかった。誰が真の父母が出来るか?誰も出来ない。
 ダンべリーの姿。この方がいなければ自分がいない、自分の幸せはない。やっぱりこの方は父だ。感慨深かった。そして、幸せになろう!なって絶対、父母様にお礼を言いたいし父母様を証すんだ!と決意した。4日間、本当にありがとうございました。

 

●第87回5日修 北海道 T.N (28) F

 今、まず思うことは、この修練会に参加させていただいて本当に良かったなということと、導かれた修練会で神様に感謝しています。
 最初は、今の環境にも感謝できず、神様と一つになれていないことに、とても心情が落ち込んでいました。御言の力、祈りの大切さを感じ、神様をもっと愛していきたいと思いました。修練会自体とても久しぶりでしたが、神様が私を正して下さり、愛してくださいました。今回の修練会で心に残った内容で「私が神様を幸せにしていくこと」を忘れずにこれからも意識していきたいと思います。
 御言を通して感じることは、原理を軸にして、私自身がどれだけ本当に神様を愛していけるのか、ご父母様と共に歩んでいけるのかということです。成約摂理で中心人物が失敗したその背後は、信仰がなかったこと、すなわち天の前の絶対信仰、絶対愛、絶対服従ということです。
 S講師が閉講式で言われていましたが、「どの時代も原理は変わらない」「私が神様の息子、娘であることは変わらない」と言われていて、私が本当に今このまま小さい次元で物事を見つめて、自己中心に歩んでいたら、何も御旨は進まないし、原理の前、神様の前に素直になって正しく神様を見つめて、正しく自分自身の神様が喜ぶ姿を探して、愛していくことに取り組みたいと思います。
 この修練会で神様と真のご父母様の心情と愛を近く感じました。海で祈れたこともとても感謝しています。(信仰初期のまだあまり祈れない時代、初めての野外祈祷は海でした)神様とまた海で会話をすることができ、愛を感じました。これからもがんばります。



●第239回14日修 東神奈川 Y.T (35) F

 14日間修練会を終えて一番感じたことは、いつも神様は側にいてくださるということでした。そして家庭出発は、これから歩む信仰の基が重要であるという事。それは原理がいかに理解されていて生活ができているかということでした。今まで原理をいろいろな所で学んできましたが学んで生かせていないということが多くありました。生活をしていく上でどのような環境の中であっても超えていくことができる原理を身につけることが大切だと実感しました。
 そして、二世教育の問題がとても重要だと思いました。受身の信仰ではもう限界があることを悟りました。神様はできない事を与えられないし、できなくてもそこで成長させられる事も多くあるのでポジティブ思考でいきたいです。
 家庭出発に向けて不足な事がたくさんありました。神様が主体者をこの修練会に呼んでくださり、お互いを成長させてくださいました。よく授受作用もできた期間になったので多くの恵みに感謝しています。目の前の事にとらわれやすいですが、神様の摂理を勝利する上で私には氏族メシアの使命を与えられています。その使命を果たすために目の前の主体者と夫婦が一体化し超えて行く大切さを知りました。



●第239回14日修 中国 F.K (27) F

 今回の修練会での目標として家庭出発までの期間の心構えを学び、心から悔い改めて再献身したいという内容がありました。み言によって良心が高められ、祈り求めていく中で答えが与えられました。このように、公的に家庭を出発する前に修練会に参加する事ができるという事は、とてつもなく大きな天の愛だと感じました。神様、御父母様が私たちの親として、祝福を与えてくださり、完成していけるようにしっかり教育してくださる事を心から感謝します。
 今回学んだ内容として、祝福はどこまでも公的であり、立体的にとらえて完成していくべきだという事。また祝福において、女性の心情が御父様と一つとなってこそ男性を生みかえていけるし、真の血統を繁殖できるという事。女性はタマルや御母様の様に、何よりも神様に喜びを捧げるため、最高の愛の心情基準を立てていける様にしていくべきだと学びました。
 復帰されたエバとして、サタンの臭いをとっていける様に、心と体を清めて神様を迎える家庭を成していきます。神様が介入できないところにはサタンが介入する事をはっきり知り、主体者を通して神様の真の愛を感じていけるように努力します。

 

●第88回5日修 京都 I.N (34) M

 今回の修練会において四大心情圏から再臨摂理までの講義を受け、自身の愛を正しい方向で成長させていく必要性を感じた。また、祈りにおいても、神様は常に我々人間のことを気にかけ、心配してくれているにもかかわらず自身の堕落性の結果、神様の啓示や声に反応できず、祈ることをやめてしまうことで、さらに神様との関係がなくなっていくという、悪循環になりやすい生活環境を克服し、何事に対しても感謝の心を持ち続けながらの祈りをすべきだと感じた。
 そして、再臨摂理の講義を聞き、我々食口がご父母様と心情を一体化出来なかった結果、すでに勝利されたご父母様やその家庭が我々食口に代わり、その罪の蕩減を追わせてきた。
 そのことを申し訳なく思いながらも、そんな我々を見捨てずに、変わらず愛し続けて下さることに感謝するものです。

  

●第88回5日修 静岡 M.I (35) F

 今回の修練会は望んできたと言うよりも義務という気持ちが大きかった私。出発の一週間前から「キャンセルしよう!!」と思った心情のままだったので、空港からの道も感謝できず、「これから勉強なんだよな」と堕落性100%。しかし、到着し「よく来ましたね!!」という温かい、そして元気な出迎えに、義務で来たという強い気持ちが軽くなったのを覚えています。
 こんな私で申し訳ないなと思いながらも「ちょっと来てよかったかも!」と気持ちが前向きになったこともあり、普段は寝てしまう講義ですが、じっくりとS先生の声に耳をかたむけることができました。楽しく講義をしてくださったので、改めて原理の内容を理解することができ、恵みを感じました。
 なぜ今回私はここへ来たのかな?と思っていた私は、2日目の講義が進むにつれ、神様が自分の課題を教えてくださっているんだと思い、今まで感じることができない気持ちを味わうことが出来た。特に、今までの自分の祈りが自己中心的で神様が答えることができなかったこと、堕落性が多くあること、父との関係がなぜ気付けないのかの3点に気づかせて頂きました。
 私は、これから再び祝福に向かっていくわけですが、この3点を日々の中で意識し、神様が時と思ってくださったときに受けさせていただけるようにボチボチやっていきたいです。


研修院の足跡

11. 日本女性指導者5万名教育(23)

研修院

《真の父母の愛も失われる》
  人間世界で神様の愛が最も典型的に現れたものが父母の愛です。堕落によって自己中心性を中核とする邪心が支配的な人間社会となってしまいましたが、その中で利他性が維持されて来たのは、父母の子女に対する無条件の愛情が土台にあったからです。
  けれども、人類始祖は真の父母として完成し、神様の愛と血統を子孫に伝えることが出来ず、サタンの主管する原罪の根となってしまいました。
  神様が愛するように子女を愛する立場にあり、その本源的な願いがありながらも、気がつけば子供に暴力をふるってしまう親の悩みがあります。
  幼い子供にとっては、この世で最も偉大な存在が父母であり、神様のように感じていた自分が、成長と共に完全とは程遠い親の姿が露わとなり、無性に反抗してしまう子女の葛藤も生まれました。
  メシヤは新しいアダムとして神様と一体となり、再び人類に神様の存在と創造のみ旨を教える使命を持って来られる方です。さらに、新婦を迎えて真の父母の理想を取り戻し、四大心情圏を成就する真の家庭建設をする第一義的な役割があります。
  終末時代は、善と悪の交差する激動の時であり、失ったエデンの園の理想を中心とする最後の戦いが展開します。イエス様が、「わたしがきたのは、人をその父と、娘をその母と、嫁をそのしゅうとめと仲たがいさせるためである」(マタイ10:35)と、一見理解しがたいみ言を語られたのも、復帰の最後の要は家庭にあるという意味です。サタンの主管下でゆがめられた人間の四大心情圏を、神様を中心とする本然の愛として取り戻すためにメシヤによる重生の摂理が必要となりました。家庭理想の再構築から以外に永遠の理想は出発できません。

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