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済州島便り vol.039(2010/10/15)

周藤先生の講義

5. メシヤの使命(3)

周藤先生

 しかし、様々な奇跡をおこなうイエス様に対し、律法学者やパリサイ派の指導者は悪霊のかしらベルゼブルに取りつかれたものと非難しました。(マタイ12:24)
  イエス様の愛の福音は、政治的な解放者としてのメシヤの来臨のみを待ち望み、また既存の権力や形式主義にとらわれた人々の心に届く事ができませんでした。また、イエスと共に神の国建設の偉業に生死をかけようという信仰と勇気のあるものは少なく、12弟子の一人イスカリオテのユダは、銀貨30枚で主を売り渡します(ルカ22:3)。
  ゲッセマネの園では「この杯をわたしから過ぎ去らせてください」と、血のにじむ汗を流しながら祈られたイエス様でしたが、イエス様と心情を共に出来ない三弟子は居眠りをしていました(マタイ26:45)。 そして、最後はイエス様が最も信頼を寄せていたペテロでさえも、裁判にかけられ死の宣告を受けるイエスを「私はあの人を知らない」と三度否認しました。
  イエスがメシヤとして来られた目的は「御国がきますように。みこころが天に行われるとおり、地にも行われますように」(マタイ6:10)と語られた様に、地上に神の国を実現する事でした。
  しかし、不信するイスラエルを前に「わたしには、あなたがたに言うべきことがまだ多くあるが、あなたがたは今はそれに堪えられない」(ヨハネ16:12)と嘆かれながら、苦難の主となる可能性も示唆されました。神様の下さる予言は、選ばれた人間が信仰と言う責任を果たすか否かによって、いつも二面性を持って与えられて来ました。

修練生の感想

●第77回5日修 北東京 Y.A (26) F

 愛があふれた修練会でした。人は愛に満たされることで、お互いを愛することが出来ます。愛の減少感も、神の愛によって超えられるのだと思います。今回の修練会は、そんな神様の愛の中で兄弟姉妹がお互いを尊く、思い合う時でありました。
  日本ではなかなか聞くことができなかった深い原理を学べました。歴史上、摂理を担当してきた中心人物の方々が、なぜ超えられなかったのか、その事実だけでなく、どれだけ心を砕いて時を過ごしたのかを知りました。イエス様家庭において、マリアがどれだけ心苦しい時を過ごし、また周りのエリザベツ、ヨセフ、洗礼ヨハネがどんな心の迷いや戦いをなしてきたのかを具体的に教えていただきました。そして、なにが彼らに足りなかったのか、もし私が同じ心の迷いをするようになったときに、なにが必要なのか、考えさせられました。


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●第77回5日修 南東京 H.N (30) M

 今回久しぶりに御言を賜る時間、相対者と共に参加できる恵みにほんとうに感謝でした。改めて、御言の重要性、真理であることを実感すると同時に、日々の生活でどれだけ原理を実感しながら生活出来ていたのかを悔い改めさせられました。
  今年度は、ずっと万物復帰の最前線で歩ませていただいているお陰もあって、振り返る中で原理の確信、神様との出会い、愛も深まり、本当に恵み多い期間でした。
  個人的には、前川のお姉さまとの面談が非常に参考になりまして、お陰で相対関係も少しは前進できたのではないかと思いますし、本当に感謝しております。ありがとうございました。
  今回、この時に、このメンバーで参加できたこと自体、神様の愛ゆえに与えられた環境だと思うと、こうして生きて働き、共にいつもいて、わが子の成長を見つめられ、幸せになって欲しい愛を感じ、感謝です。こうして、愛されているからこそ美をお返しできる私になりたいと本当に決意し、御旨に献身できる個人、家庭になっていきたいし、その道を模索して一生涯、永遠に神様を、ご父母様を慰め喜ばせて差し上げることの出来る家庭を築いていきたいと思います。日々成長、発展で、常に這いつくばってでも前進し続ける人生を歩みたいと思いました。
  本当にこのような決意と恩恵を与えてくださった神様、御父母様、またスタッフの皆様に本当に感謝です。ありがとうございました。


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●第77回5日修 香川 T.H (27) M

 5日間という短い期間でしたが自分にとって、大変良い時を過ごすことができました。神様のことがわからなかった自分にとって、この修練会に参加したことで少しずつですが、神様を感じていけそうな気がします。ここでの講義、証、兄弟姉妹、面接を通して自分の中で神様、真の御父母さまに対して、少し近づけてみたいと思うようになれました。ここに来るまではすごく参加するのが嫌で仕方ありませんでした。たった5日間で、前向きな気持になれたのは自分でもびっくりしています。これも天が働きかけてくれたということなのでしょうか?これから家庭出発していきますが、相対者、自分のためにも神様に近づき、真の家庭を作っていきたいと思います。短い間でしたが、この修練会で学んだことを活かして、前を向いて歩いていきます。ありがとうございました。


●第77回5日修 南埼玉 H.K (30) M

 今回の修練会を通して神は私の親であり、私は神の子であるという永遠の関係を誇りと感謝を持って大切にして生きていくことをほんまに忘れていた。つまりは環境に負けてアイデンティティに立ち返るどころか、喪失していた自分だということが深く感じさせられ申し訳ない思いでした。
  神様、御父母様に深く祈っているのも、祈れたのも久々であり、そうやって祈っていると“どうしてお前は苦しい時、つらいときに私に相談しないんだ。私はいつも共にいるよ”と心に浮かび上がってきて、すごく嬉しかったのと申し訳ない思いだった。
  すごく神様と真の御父母さまがS先生、Mさん、Uさん、Tくんを通して語ろうとするメッセージがありました。その中に今悩む答えを感じた。共に歩む兄弟姉妹がいてくれることがどれだけありがたいのか、そしてアボニムが生きておられる間に一人でも神様、御父母様に出会い、祝福を受け、真の喜びを与えられたことを伝播していきたい心からそう思いました。
  ゆっくりでも着実に今回学んだことを大切にして頑張っていきたいです。ほんまにありがとうございました。これからもよろしくお願いします。


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●第77回5日修 南新潟 S.H (29) F

 普段は真のお父様のレベルが高すぎて、お父様については、なかなか祈れないので、イエス様について祈っているが、済州島に来たら、急にイエスさまの霊界より、お父様の霊界一色になって、本当に真のお父様を近くに感じた。お父様の祈祷室で講義を受けることを通して「お父様の部屋に一緒に住んだね」とおっしゃってくださったとおり、日本や清平では感じたことのない、真のお父様の心情の世界を肌に触れるように感じられ、「あぁ、本当にここに日本の食口に対して、お父様が投入してこられた心情が、済州にはそのままあるんだ」と感じた。一番印象的だったのは、一度だけ、真のお母様が教会を出ていこうとされたとき、お父様が涙を浮かべながら、すでに出口に立っていたという証でした。
  私一人にも、母の国、日本にも通じる世界を感じ、胸がきゅっと締め付けられるようでした。以前「日本がこのままなら、神様は出て行く、とおっしゃっている。でもおじいさんも出ていくといっても、他に行くところなんてないんですよ」と聞いたことを思い出して、いろんなものが重なった。どんなに厳しく言っても、日本以外、私以外に頼るところのない真のお父様、神様の孤独な姿が強く胸に残った。


●第77回5日修 宮城 Y.K (30) F

 初めての済州島で、すごく緊張していたのですが、済州島の空気や人に触れていく中で、だんだん癒されていくのがわかりました。御言を学びながら、祈りにも集中でき、自然を楽しんで心も開放される。アボジが日本のためにつくってくれたこの修練会が、本当にここでよかったと思いました。ここに来る前は、正直なんでわざわざ済州島まで来るのか、意味がわからず、ただ済州島に行けと言われるばかりで、あまり良くは捉えていませんでした。アボジが日本に入国できないから、日本の代わりに…と済州島を選ばれ、沢山日本のために祈って作ったと知ったとき、本当に申し訳なく思いました。ここに来れてよかった。今回の修練会に出れてよかったと、心からそう思えます。
  祝福を前に、様々な祝福カップルに合わせてもらったのも、いい勉強になりました。次に受けるときは、もっとしっかり頑張れる自分でありたいので、学んだことを活かして、生活していきます。「妻は夫を完成させ、夫に完成させてもらう」お互いが思いやり、協力し、相手が自分を想う以上に相手を愛する。夫は息子であり、弟であり、兄であり、父である。主体者をちゃんとみつめてあげられなかった前回の反省点があるので、愛する練習を重ね、今度こそは主体者を神様と共に神様と一緒に愛の目で見つめ、大事に愛していこうと思います。


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●第227回14日修 富山 H.F (18) M

 この修練会が決まるまで色々とトラブルがあったり、親と喧嘩をしたりもしたけれど、今振り返ると凄く導かれた気がします。学んだ内容は、どれもすごく新鮮でした。アダム、エバが祈らなかったがゆえに堕落してしまったこと、神様も愛によって成長することなど、沢山の事を知ることができました。講義を受けながら、神様を感じる事ができたり、今回の修練会はすごく勝利できたと思います。
  堕落論を聞いたときに感じた神様が一番大きかったです。堕落論を聞いて神様が二人の子女を失った悲しみを知ることができました。何十億年も待ち望んだ子女を一瞬にして失った辛さを完全に知ることはできないけれども、すごく苦しいだろうなと思うと、胸が締め付けられるようでした。その日の祈祷会の時、そのことを祈ると不思議と涙が溢れました。今までは神様の悲しみのことを聞かされても他人事のようなにしか感じれなかったのに、祈っているときはまるで自分の不幸のように感じました。これは神様が流している涙なんだと思いました。すごく貴重な体験でした。

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●第227回14日修 南東京 Y.M (32) F

 今回、第227回日本指導者特別修練会に導いていただいたことを神様と真のご父母様に感謝いたします。14日間の日程で、講義がほとんど、S副院長で完全投入していただきましたが、自分にとってはそれがとても良かったと感じます。今まで原理講義を受けながら、こんなに神様の心情を感じたことはありませんでした。成約摂理観の内容も含めて、特に再臨論はお父様の歩みの中で、自分が気になっていたけれど今まで知らないままでいた内容を神様がいくつも教えて下さり、改めてお父様の行かれた道の難しさと悲しみと苦しさを感じました。神様をお迎えする温かい家庭をイチ早く築いていきたい気持ちになり、これからの歩みが少しずつ具体的に変わっていけるのではないかと思いました。
  スタッフの方々にも、とてもお世話になりました。ご父母様のために全てを超えて韓国で家庭を持たれた先輩に、今まで越えられなかった内容を恥ずかしながらも相談し、先輩方に比べればちっぽけな私の悩みを大きな心で受け止めていただき、超えさせていただいたと思います。
  サモニムの食事も事務局の方の優しい笑顔も、見ているだけで希望の徳俊くんも、信仰の希望となり、大きな愛を与えられました。2004年2月の7日修では、大講堂で講義を受け、今回の講義室は当時祈祷室だったような気がします。御父母様が祈られた場所で、御言を受け、終わってみると本当に多くの天運を相続させていただいたことを感じています。ここに来て間もなく、イルカの群れが10頭ほどずっと飛び跳ねていた光景を見ました。ずっと見ていましたが休憩時間で皆忙しそうだったので一人で見ていました。日本から来たばかりで暗い心情を引きずったままずっと見ていて、一週間後に話すと羨ましがられて、神様に愛されているねと言われますが。その時もそう気づかせていただきましたが、心は動きませんでした。今日最後の野外祈祷で、謙虚になることと、愛の減少感を感じたときに相手の精誠を認めて悔い改めて自分ももっと精誠を尽くすこと、など学んだ内容が思い出され、イルカが思い出され、神様の願いと心情を感じました。心から感謝し、真の家庭を作るため精誠を尽くします。ありがとうございました。


●第227回14日修 南埼玉 T.S (38) F

 14日間、朝から晩まで原理勉強させていただき、沢山の恵みをいただきました。原理を通して、女性の信仰の重要性がわかりました。H副局長の話の中で、両親との思いと感謝の心がない人とおっしゃっていましたが、実に私のことだと思いましたので、寝る前に実践しました。日本に帰っても続けていこうと思います。
  尹院長の御言は具体的でよかったです。性に対して、堕落性の感情が残っているので、3日行事が嫌だなぁと思っていましたが、原理的にお話をしてくださったので、心情が整理されて前向きに3日行事を受けられそうです。14日間、勉強だけでなく、外食、レクリエーション、観光となど、バランスの良いスケジュールだったと思います。初めてフリスビーをやりましたが、皆一つとなって競いあってとても楽しかったです。観光は、徳俊さんの楽しいガイドがあったり、ハンリム公園の鍾乳洞が良かったです。(神様の創造物なんだと感じながらみました)14日間ありがとうございました。日本に帰っても、この14日間感じたことを忘れずに頑張ります。


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●第227回14日修 東広島 R.U (27) F

 今回、この修練会に参加した目的は、主体者を裁くのではなく、全て受け入れられるような自分に少しでもなるということでした。参加する前に、そんなに精誠を積んだわけでもなく、とりあえず参加しなくてはいけないから参加してみようという程度の気持ちで参加しのたですが、毎日、御言を聞く中で、色々と感動したり、気付かされたりすることが多くあり、御言によって少しずつ産み変えられていく自分を感じました。
  お父様の路程を聞いて、こんなに私たちのためにご苦労してこられたお父様であったということに改めて感動し、お父様を喜ばせて差し上げられるような家庭を主体者と築いていこうと祝福を受けた時の心情、初心に戻らさせてもらったり、原理講義を通して、モーセやアブラハムなどの路程と自分の信仰生活を重ねあわせていく中で、自分自身に問題があったんだと気付かされたりなど、他にもたくさんありますが、御言のすばらしさを改めて感じさせていただきました。御言をこれからも続けて学んでいきたいと思いました。
  そして、主体者に対しても見方が少し変わったように思います。今、振り返ってみれば、これから先必要な内容を神様が今回与えてくださったように思います。今回参加できて良かったです。


●第227回14日修 東東京 A.Y (31) F

 14日間ありがとうございました。あっという間でした。8人という人数でとても楽しく過ごすことができ、兄弟姉妹と共に過ごすとても貴重な日でした。原理講義、成約摂理、統一思想、勝共理論、信仰生活講座と学ばせてもらい、今私がここで歩んでいるのは、神様、御父母様がずーっと前から投入してくださっていたからだと改めて感じました。頭でわかったというか、感覚的なんですが、心情がとても嬉しく感じ、神様は居らっしゃるんだというのを強く感じました。
  講義の中で色々と感じた内容もあったので、愛する実践をしていていけるように頑張ります。宣誓式で誓った内容を全うするため、新しい決意で出発していきます!ありがとうございました。


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●第227回14日修 徳島 K.F (30) F

 二週間の済州島の修練会に今回二度目ですが、参加することができて本当によかったです。行く前は葛藤もありましたが、家庭出発の前に、もう一度原理を学び、御言を集中的に学ぶ機会を与えられて、今は本当に感謝です。生活面においても、私はずっと家に住んでいたので、5時に起きて訓読、敬拝、祈祷する習慣もなかったし、姉妹たちと慣れるのが必死でしたが、自分自身にとってはいい訓練をさせてもらったと思い感謝です。
  これから日本に帰ったらすぐに主体者の教会で4ヶ月公的生活をするので、その前に済州島で神様の愛の中でたくさんの御言と訓練をすることができて、本当によかったです。これからの新しい出発の前に、済州島に来られて本当に感謝です。
  S先生を始めスタッフの皆様と一緒に学んだ修練生の支えのなか無事に修練会を終えることができました。ありがとうございました。日本に帰っても、ここで学んだ内容、決意が埋もれることのないよう、日々頑張っていきたいです。
  そして、主体者と共に神様の願われる理想家庭を築いていくことが出来るように力を合わせ、また氏族を復帰していけるように頑張っていきたいです。


●第227回14日修 南埼玉 C.K (45) F

 修練会中は自分でも驚くほど元気で心が弾み、心も開放されていて、とても復興して過ごすことができました。閉講式の写真上映では、楽しかった気持ちが蘇ってきて、涙が出てしまいました。講義の板書をノートに書き写すのも手が腱鞘炎になりそうなほど大変でしたが、講義をしてくださっているS先生は話しながら、板書されているわけですから、肉体的にも霊的にも、何倍も大変だっただろうと思いました。改めてS先生には、感謝の気持ちでイッパイです。
  そして、閉講式の中で、修練生代表で証をさせていただきました。2週間の中で証をするほどの劇的な神様との出会いとか、なかったので、私以外の人のほうが証があるのではと思いましたが、御意ならばと思い立ちました。証の中で男の子を産みたい思いを話しましたが、実は宣誓式で言おうか迷っていたのですが、結局、皆の前で宣誓するのは恥ずかしいと思い宣誓文に入れませんでした。
  しかし、この証の中でみんなの前で話すことになり、皆の前で宣誓するような結果となり、やはり証に立ったのは御意だったなと思いました。また今回の修練会は縁のあるメンバーだと思いました。
  最後にS先生をはじめ、スタッフの皆さん、2週間お世話になり、ありがとうございました。


●第227回14日修 兵庫 K.K (29) M

 今回の修練会は本当に来てよかったと思いました。今までわからなかったことや気付く内容もあって、本当に感動したし、神様と御父母様に感謝だなと思いました。まだずっとここにいて、御言を学びたいと思うし、帰りたくないなという思いがありますが、現場に帰ってからが信仰の出発と神様とご父母様を証していく歩みの出発なので、頑張りたいと思います。頭では分かっていても、心情が付いていかないことも沢山あるので、御言が知的理解から心情で理解できるように頑張ろうと思います。


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研修院の足跡

11. 日本女性指導者5万名教育(16)

研修院

 結婚の目的の第三は「神様の完成」です。キリスト教を初めユダヤ教、イスラム教などでは、神は全知全能にして完全無欠と言う神観が基本的にあります。すなわち神が神である為に、他の何物も必要としないという事です。
  しかし、文先生が出会った神様はそうではありませんでした。「神様も愛の故に成長する神様である」というのです。愛は対象を必要とし、相互に自発的な愛を授け受けする事を通してその実感が深まり、愛そのものが成長して行きます。
  人間の創造の能力と喜びが対象物の質的、量的拡大に伴って発展するように、神様の愛の世界も人間の成長と一体となって拡大して行くのです。結婚を土台として人間の四つの愛が完成して行くように、神様の愛も家庭の中で実を結んで行くのです。愛の持つ根本的な性格の故に、神にとって人間は無くてはならない必須の存在なのです。
  さらに、文先生は愛の器官は「本宮」であると言われました。本宮とは宮殿、神殿、根拠地等の総称です。第一に真の愛の本宮です。そこで縦的な神の愛と横的な人間の愛が出会い、永遠、不変、絶対的な愛が出発する起点だからです。
  第二には真の生命の本宮です。愛は生命の根であり愛の性質がそのまま生命のあり方を決定付けます。生命とは人間の情緒、思考、言動、習慣性等、多様な形をもって表わされますが、そのすべてが愛と不可分の関係性を持つのです。神様と一体となった真の愛から出発する生命と、神と無関係の愛を根とする生命では、天地の開きがあると言わなければなりません。
  子供は本来その真の父母の愛の中心に同参する立場であるが故に、これ以上近い関係がありません。お互いに命すらも惜しまない関係です。イエス様も「人がその友の為に命を捨てる、それ以上の愛が無い」と語られました。

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