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済州島便り vol.037(2010/08/15)

周藤先生の講義

5. メシヤの使命(1)

周藤先生

 人間は例外なしに幸せを求めてきました。しかし、誰一人究極的な幸せを掴む事ができませんでした。どこかでボタンの掛け違いが起こったのです。それが人類始祖の愛の過ちによる、血統的な問題である事を既に見てきました。この全ての人間が避ける事の出来なかった原罪問題の解決の為、神が送られる最高の名医がメシヤと呼ばれるお方です。
  かつて、神の使いガブリエルがマリヤという一処女に現れ、神の子であり、救い主となるべきイエスの懐胎と誕生に関する知らせをもたらします。
  イエスが間違いなくメシヤであるという事を確認するように、東方の三博士を始め、野の羊飼い、シメオン、アンナといった多数の証し人が準備されていました。
  次にイエスの事が聖書に記されているのは12歳の時宮の中で律法学者たちと対話をしている場面ですが、「わたしが自分の父の家にいるはずのことを、ご存じなかったのですか」(ルカ2:49)という母マリヤへの言葉から、既にメシヤ的な御自身の使命を自覚していた様子がうかがえます。その後30歳までの17年間は空白の期間として、今でも研究課題として残されていますが、ヨルダン川で洗礼を授けていたバプテスマのヨハネの前に現れたイエス様には、すでにメシヤとしての使命を果たす十分な心構えが出来ていました。
  洗礼ヨハネは、イエスの道を直くする為にエリヤの再臨の使命を持って送られた人物であり、その誕生の経緯や荒野での修道生活は、ヨハネがメシヤではないかと思いわせる程の激しいものでした。

修練生の感想

●第226回14日修 北愛知 Y.C (28) F

 修練会に参加して、今まで悟ることのできなかったことや祈れなかった内容を沢山整理することができました。私は信仰二世ですが、今までずっと自分の信仰というものを確立できずにいました。いろんな修練会に出てみても、宣教に行かせてもらっても、本当に心から神様とご父母様を掴むことができずにいました。

 いつもそれが苦しく、何か自分が神様から離れていってしま った時のことをいつも思い出して、どうしたら自分の神様を見つけられるんだろう…と悩んでいました。

 しかし、こんな私でも祝福を与えていただき、この修練会に参加することができました。祝福を受けてから聞く御言は今までとはまた違った感じで、まっさらな気持ちで聴くことができました。日々、御言を聞くごとに、今まで感じられなかったほど深く、神様の心情、御父母様の心情、愛を感じることができ、心が満たされていきました。


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●第226回14日修 富山 A.K (25) F

 14日修がこれほどまでに恩恵深かった事が本当に感謝です。証の内容とかぶってしまいますが、ここに来て、久々に心情的な祈りができることがほんとうに感謝で、アボニムが祈祷して、精誠を尽くされた、この講義室で愛する兄弟姉妹たちと愛する主体者と共に講義を受けられたことが本当に喜びです。

 1コマ1コマの講義の中で、本当に多くのことを知り、学びました。今まで知らなかった共産主義の世界。悲惨すぎて、ショックで、講義中ダウンしてました。同じ世界に生きているのに、堕落してしまったことで、こんな世界をも築いてしまうサタンがいることに、とても恐怖心をいだきました。一日も早くサタンが主管する国々、人々を開放して差し上げられるように、精誠を尽くしていきたいと思います。

 講義の内容の中でも、祝福家庭と夫婦についての内容があったので、ちょっと心の行き違いがあったりして苦しかった時が二度ありましたが、そのおかげで救われました。でも、そういう苦難を乗り越えて、ぶつかり合って、さらにお互いを理解し合えることができました。本当に感謝です。

 これからもここで得た恩恵を絶対に忘れずに、頑張って歩んでいきたいと思います。本当にありがとうございました。


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●第226回14日修 北東京 E.T (33) F

 2週間を振り返ってとにかく愛されました。こんなに自分の時間が持てて、自分が求めている内容が与えられ、贅沢な2週間で離れがたいです。導かれてから走り続けてきたので、とてもふさわしい時期に来れて感謝です。

 与えられた内容としては、神様は愛のために、私自身が成長していくことを幸せになることを願われているんだということ。主体者のために努力して、主体者を通して喜びを感じていけるように頑張ります。

 あと良心が両親より弱い自分なんだと思わされたので、良心を強く持って独り立ちして、神を求めていく環境において、もっと御父母様を証していくために勝利して欲しい神様の愛を感じました。信仰をこれからもっと根強いものとして未来の為に少しでも役に立てる生き方をして悔いのない人生にしていきたいと思いました。


●第226回14日修 徳島 M.B (27) F

 はじめに、この済州島の修練会に導いてくださった神様、御父母様と両親と主体者に感謝します。そして、S講師、Mさん、Tさんに心から感謝しています。神様、御父母樣のご苦労や日本のことを思って準備された愛を知り、この修練会中になんども涙が流れてきました。

 ここに来るまでの日本での日々を思い出しますと、愛する力ももう限界に来ていたので、躓いていることが多かったです。けど、この修練会では、神様、御父母様、兄弟姉妹の愛をたくさん受けて、満たされた日々でした。

 最後に講師が言ってくださった激励の言葉に「疲れたら休んでいい。けど原理講論を忘れてはいけない。教会のアベルだけが、霊的なサポートをしてくれるのじゃなく、横の兄弟姉妹のつながりもいいんだよ」と聞いて、心が開放された気がします。

 自分にとっては、意外な御言を与えられました。今までの自分の中で固まっていた信仰観とは真逆の御言でした。私は疲れきっていて、もう隣にいる姉妹を愛するのを適当にしていたかもしれません。けれども、ここで素晴らしい御言と姉妹と過ごせて自分に余裕が出てきました。また愛していく力を与えられましたし、新しいスタートが出来ます。


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●第226回14日修 群馬 Y.Y (31) F

 2005年12月29日の祝福から4年半以上経過し、やっと家庭出発に向けて色々と動き出してきて、やっとこの修練会に参加することができました。14日間様々な御言をいただき、その中で神様が本当に私たち一人ひとりを愛してくださっていて、それぞれに与えられた環境を、その人が乗り越えられるからこそ与えてくださっているのだなと思いました。姉妹の中には色々な思いを抱えながら来た人もいて、同じ時、同じ班になるのも何か意味があって神様が当ててくださったのだと思いました。御言はもちろん、姉妹からもいろいろなことを感じる事が与えられ、また悔い改めることがありました。

 私がなぜ神様に召命されたのか、と色々考えることもありましたが、御言を通してその答えに結びついた気がします。でも氏族メシヤとして立つのは正直つらいし、不安だし、と様々な思いは出てきてしまいますが、神様から見て、私に乗り越えられるからこそ、私なんだ!と思えるようになり、これから主体者と共にお互いの家系の氏族メシヤとして二人で力を合わせ夫婦で一体化して歩んでいきたいと思えるようになりました。

 そして女性の使命の大切さや、夫と妻の関係、アベル、カインの関係などこれから様々な環境の中で乗り越えていかないといけないことが沢山あります。自分がどんな環境に置かれても神様が歩まれた心情、真の御父母様が歩まれた僕の僕からの路程、そしてその心情を中心に考え、乗り越えていきたいと思います。

 今までは青年部という環境で守られてきましたが、家庭を持ったら、主体者と私を中心として生活が始まるので、しっかりと原理的に信仰を立てていかないとサタンに奪われてしまうので、神様と真のご父母様に、いつも祈り求めながら、しっかりと歩んでいきたいと思います。宣誓式で誓った内容を実践して歩みながら、真の愛で主体者を愛し、真の家庭を築いていけるように頑張ります。


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●第226回14日修 北東京 Y.A (35) F

 修練会に来るまでI病院で勤務する中で日々の歩みを神様、真のご父母樣の心情と願いに一致できない想いで一杯だったので、スタートから負積の心を持っての参加でした。

 自然の中、波の音、島の声すべてに神様の愛が込められていることを感じ、本当に許されて修練会に参加できることが感謝でした。

 原理の御言から振り返りつつ、学ぶことが恩恵であったし、講師が語ってくださる一つ一つが私の心情から神様を求めるものになっていったと同時に、この建物から、講義室から真のお父様が日本に向けて愛を与えてくださっているのを感じさせてもらえました。日本の女性たちが宣教前にお父様が18時間語った成約の御言を私も学び、今一度宣教という形ではないにしても、いただいた御言を振り返り、韓国へ行くことを予定していますが、韓日一体化のために、苦労しても願いに答えられるように努力しようと思います。


●第226回14日修 西東京 K.Y (27) M

 天のお父様、真のご父母様、そしてスタッフの方々に心から感謝します。今回は正直、僕自身もそうですが、何よりも相対者と共に参加させていただき、共に恵みを受け、特に彼女が最後証してくれたことを通して神の恵みを存分に受けていたことがわかり、本当に天が祝福してくださっているんだなと思います。

 相対者と出会ってからもう4年半を過ごしましたが、出会った時から今にいたるまで、常に関心を持ってくれ、気にかけてくれる相対者が本当に貴いし、もっと謙虚に感謝しなければならないんだなと、閉講式の祈りの時間に改めて感じさせていただきました。

 また、今回は宣誓式も代表を努めさせていただき、本当に足らずですが宣誓させていただきました。いずれも本心から天の前に誓いたいことでしたが、環境が変わり、事情が変わる中で、変わってしまう私になるのではなく、天との関係だけは何があっても変わってしまわないように、永遠なる天の前には、なんとしても変わらぬ子女でありたいと思います。教会も激動の中でSTF、宣教、神学科と歩んできたものの、客観的に教会を見つめることが多くなってからは、なかなか全てを以前のように素直に受け取れない心情の中にありました。

 そういう中でしたが、S副院長から、ご父母様がどういうお方か証してくださったこと、Mさんの素晴らしい証、Tヒョンの投入が、心情的に沢山の刺激をくれました。

 御父母様が相対者にも多くの恵みを与えて下さり、二人の間で気持ちのズレもありましたが、最後は涙で気持ちを理解し合え、これからの歩みにまた一つの基礎が作られたかと思います。神様から与えていただいている命と、この時と、環境、祝福なので、最後まで天との、そしてこの祝福の因縁を結実させていく天の子女となっていきたいと思います。

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●第76回5日修 西広島 D.K (25) F

 今回、この修練会に参加させていただいてほんとうに感謝でした。この与えていただいた期間、再度神様と自分の関係を見つめようという思いで参加しました。

 講義の中、生活の中、全てを通して私は愛されているなと感じ、満たされた中で過ごすことができました。常に大きなものにつつまれて、温かい中にありました。

 この修練会の中で一番心に残っているのは、神様自身が絶対信仰であるということです。堕落してしまった息子、娘を絶対に帰ってくるという確信を持ってどんなに絶望的で難しい状況であっても、その中に希望を見出し、進められる神様の深く、強い思いに触れることができました。それを相続されたのが御父母様であるし、復帰歴史の中で中心人物として信仰を立ててきた先人たちであると思った時に、どこまでも神様の願いに絶対的確信を持って歩みたいと決意することができました。


●第76回5日修 静岡 K.T (28) M

 今回の修練会を振り返って「過ぎてみれば全て愛であった」との御言のごとく、あっという間の修練会であり、今まで自分が通過してきた内容が想起され、本当にすべての内容が私にとって神様が与えてくださっていた内容であり、愛であったのだということを感じさせていただきました。

 自分自身が神様を求める前に、私が生まれたその瞬間から、神様は私を呼んでいてくださっていたということに、そして今なお足りない歩みをしている自分を何も言われず、絶対信仰で信じ見守ってくださっておられることに本当に感謝すると共に、堕落人間を救う為に死の峠を幾度となく超えてこられたお父様に対しても、ただただ感謝するところであります。

 今後は、受けた御言を感謝するだけでなく、実践し、家庭、教会において連結して行こうと決意しています。七男の亨進様が真のご子女様であっても「我々はすべて流れる雲と同じである」ということをおっしゃっているように、いつまでも同じ責任分担はありえず、変化の時は訪れることを認識しながら、その時が突然訪れようとも、その事に感謝して、原理と御言を中心として、三つの柔軟性を持って引き続き御旨の道を相対者と共に歩んでまいりたいと思います。


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●第76回5日修 大分 K.M (29) M

 初日、九州は大雨で飛行機に乗り遅れるハプニングからのスタートでした。仕事をどうするかとか色々葛藤しながら、相対者と二人でこの修練会に参加できたことに感謝です。

 お父様が日本の食口たちに直接語られたその場所で、このようにして学ぶことが出来ることがとても貴いと思いますし、また今、メシヤと同じ時代に生き、原理を学び祝福を受け、家庭を出発することが出来ることに感謝です。

 S講師が語られた「祝福は神様から認定を受けた結婚です」という言葉に改めて背筋を正し、常に学び、成長していけるよう、大分に帰ってからも頑張っていきたいと思いました。自然が多く、このような場所で自分の子供達も学ぶことが出来れば嬉しいなあと思います。本当に貴い修練会となりました。ありがとうございました。


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●第76回5日修 北千葉 R.I (29) F

 終わってみるとあっという間でした。ありがとうございました。始めのうちは、班のメンバーとあまり会話できず、部屋にいても気まずく感じていましたが、徐々に打ち解けることができて、今は別れるのが寂しく思います。

 早朝講義は3日間とも眠気との戦いが訪れて辛かったです。でも、S講師の話し方はとても引き込まれます。笑いがちょいちょいあって、楽しくもありました。講師の笑顔に癒されました。すっと眠気が引いたあとの講義の内容がまさに私が求めていた答だったので神様を感じました。修練会に参加する前から心にモヤモヤと、良心の呵責が薄れている負債があったのですが、この3日間の講義の中で、一つでも知りたいことが知れたというのはとても意味があると感じています。

 今は、頑張ろう!やってやる!負けないぞ!と意気込みがふつふつと心に湧いています。日本に帰って日常生活に戻ったら、この今の熱い気持ちが冷めてしまわないか心配ですが、神様と私のつながりを意識して、お祈りする癖をつけて、心がブレないようにしたいと思っています。また、毎日数ページずつでも原理講論を読みます。アベルにつまづきやすい私ですが、原理をよく学んで感じ取りながら、いつでも冷静に、一呼吸おいて次の行動に移せるようによくよく注意します。そして今年の10月の祝福を目標に、今出来ることをしっかりと取り組んでいきます。


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●第76回5日修 香川 K.T (24) F

 今回この修練会に来て、また自分の中で少し休んでいたものが動き出していきました。日々の生活の中で、自分の中に神様はいるのに、それでもなぜか遠くて、祈っても、祈っても、自分の中で辛くてどうしようもなく、孤独から抜けられない日々が続いていました。

 それでも、この済州島の修練会で、また原理に触れてみて、ずっと誰にも気づいてもらえない神様の痛みを、そして何よりも愛する相対がいることの感謝の気持ちが溢れてきて、涙が止まりませんでした。

 S講師が語られる中に、今まで自分が学んできた原理とは違って、すごく聖書に出てこられる人物もこんなふうに話していたのかなぁと、情景が出てくるようでとても面白かったです。みんな一生懸命生きてきたけれど、神様の御旨と合わなければ、こんなにも人生が違うのだと感じました。

 そして、何よりも今までタマルなどの女性が絶対信仰を貫いてこられて、常識的に考えると信じられないけれど、そうすることでしか神の御旨を果たせなかったんだと思いました。だから、道が見えないようであっても、神様はやはり道を与えてくださっているのだと。

 そして、今回、主体者と参加して、自分自身の欠点をまた悔い改める機会を与えてくれました。いつも自分は頑張っているのに、どうしてして愛してくれないんだろう?と完全にS講師が語られているように、まさに失敗するケースに当てはまっているなぁと感じました。自分ばかりが辛いと思い込み、相手を思いやれず、相手に要求ばかりする自分だったと。本当にこのようにして祝福を受けられていることに感謝していきたいと思いました。そして、悩んだときは神様に祈り、そして主体者には母親のような心情で愛していけるような私になりたいと思いました。


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●第76回5日修 南東京 N.K (40) F

 真のお父様が日本食口の失敗も全て恨まず、サタンに讒訴条件を残さず、全て勝利の基準を建ててくださったことに感謝しました。日本にいると、罪感や負債でいっぱいになるけどS講師の祈り、講義はプラス思考な感じで前向きに捉えられました。

 これから祝福を受けて、家庭を持ち、子女を生み、子女教育まで力は抜けませんが、真のお父様の精誠を思い出し、自分を奮い立てて、歩んでいきたいと思います。共に生活した兄弟姉妹とも深い心情交流ができ復興しました。

 御言、原理を日常生活に取り入れられるように、更に深く、原理の生活化ということに対して、真剣になりたいと思いました。真の愛で満たされた4日間でした。

 ハングルも学び、韓国・北朝鮮の方とも心情交流できるよう少しずつ勉強していきます。今回学んだ原理の基礎をしっかり受け止め、肉付けしていけるよう頑張ります。

 日本よりも霊界が軽くアボニムが慕わしくて、済州島も故郷のようです。美しいこの地がいつまでも守られることを願い、少しずつでも支援させていただきます。今度はもっと成長した姿を見せられるよう、日本に帰っても頑張ります。M婦人の「アハハ」という笑い声は最高でした。これからもその明るさで私たちを励ましてください。いつまでもお元気で。またお会いできる日を楽しみにしています。


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●第76回5日修 山口 N.T (25) F

 今回、成約摂理特別修練会に参加させてもらい、御言をたくさん学ぶ時間、主体者と共に授受作用する時間、神様の前に子女として報告し祈る時間をたくさん与えてもらえたことに感謝です。

 真の御父母様が日本をいつも愛して下さり、日本の食口、また全人類を思われながら、済州島国際修練院で多くの精誠を捧げてこられた場で、お父様が語られた御言を学ぶとても尊い時間でした。

 自分の堕落性や眠気と闘いながら集中できなかったことも多々ありましたが、お父様が命がけで解明された原理を中心としながら生活していくことの根本に帰り、全てがそこから始まり、堕落により神様との関係が親子である事を忘れてしまい、サタンを親とするものになってしまったことから、すべてが変わってしまったことを学びました。

 どれだけ罪深い自らであり、神様の心情、願いも忘れて、無視してきてしまった私であるかということを、もう一度深く感じさせられる5日間でありました。それでも神様は変わらず愛して下さり“お父さん”と呼ぶその日を待ち望みながら、足りない私であっても許して下さり、神の前に本然の子女として帰っていく道である祝福を与えてくださったこと、尊い主体者を与えてくださったことに心から感謝いたします。

 神様を中心に、いつも祈り求めながら、御言をしっかり学び、真の家庭の伝統を相続し、後孫に伝えていくこと、そしてまだ御言を知らない、多くのカイン圏の人たちにも一日も早く神様が親であり、真の御父母様がメシヤであることを伝え、多くの人に福を与えていくことの出来る真の家庭、理想家庭を築いていきたいと思っています。


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研修院の足跡

11. 日本女性指導者5万名教育(15)

研修院

 文先生は、人間の愛の器官は至聖所であると語られました。かつてモーセに率いられたイスラエル民族は40年という長きにわたり、シナイの荒野を巡る事になりました。神様は例え人間の心が変わっても、変わる事のない不動の信仰の対象として幕屋と契約の箱を与えられました。
  幕屋は来るべきメシヤの象徴であり、聖所と至聖所からなっていました。聖所とは一般の人々が出入りを許され、献祭をしながら祈りをする場所ですが、至聖所には定められた一人の祭司だけが入室を許されました。幕屋を人間とすれば、他の人に会うために整える顔は聖所であり、一番の奥の秘められた場所にあり、たった一人の存在だけが触れる事が許される至聖所が正に愛の器官を表わします。そこに触れる権限を持つ祭司の正式名称を夫、妻と言います。
  至聖所の中心にある契約の箱に二枚の石板が納められましたが、それはイエスと聖霊が一体となった形であり、祭司長が祈るとケルビムの間から神様が臨まれました。それは、夫婦が一体となった場に神様が降り神と人との正式な出会いが実現する事を象徴的に表わしていました。
  その至聖所の鍵は祭司が所有するように、男女の愛の器官の所有権は自分のものではなく、夫婦がお互いに相手にその鍵を預けるようになっています。愛の目的を実現する決定権は、お互いに相手が持っているのです。神が臨在される至聖所は最も清く尊い場所であるように、愛の器官は神様が最高の精誠を持って創造された聖なる場所です。「性は聖に通ずる」といわれる所以です。そこに神様を迎える代わりに僕である天使長を迎え入れたのが堕落でした。神様は本然の館を追われ流浪の神となりました。
  その神様の宿る一時的で条件的な場所として備えられたものが幕屋を始めとする教会、モスク、神社仏閣といった様々な宗教的施設なのです。

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