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済州島便り vol.036(2010/07/15)

周藤先生の講義

4. 人間の堕落(7)

周藤先生

 原罪は我々の世代で解決されなければ、そのまま子孫に受け継がれてゆく血統的な罪です。先祖の罪が血統的な因縁を基に子孫に受け継がれる遺伝的な罪があり、また、組織の主管者による罪が末端にまで及ぶ連帯的な罪、そして個人の過ちによる自犯罪があります。例えれば、自犯罪は樹の葉の様なもの、連帯罪は樹の枝、遺伝的な罪は幹であり、根が原罪です。これを罪の木と言いますが、世界でこれ程大きな木はありません。
  人間が日常的な善の行為でできる事は罪の葉っぱを切ったりする程度の事です。倫理道徳の道を究める事も罪の木の枝を折る程度、従来の宗教でも幹に傷を付ける程度であり、罪の根の解決は果たされずに残ってきました。社会問題を一時的に解決したとしても、その根がある限り前よりも大きな問題として芽を吹いて来るのです。それを根っこから掘り起こさなければなりません。この罪の根の問題を一体だれが解決するのか、ここに重要なポイントがあります。
  そもそも罪ある者は罪を清める事はできません。泥水では洗濯はできません。従って、罪を清算するためには一点の曇りもない方が来られなければなりません。まったく新しい人間が天から降りて来なければなりません。それが清い神から送られるメシヤです。今から2000年前にメシヤとして来られたのがイエス様でした。しかし、イエスは十字架で殺害され、相変わらずこの問題は未解決のものとして残りました。再びメシヤを迎えなければならないという課題があるのです。

修練生の感想

第225回14日修 北東京 O.M (32) F

 修練会に参加する前に私は実家へ引越しをしたのですが、家族と生活し始めた途端、家族に干渉されることが多くなり、イライラし反抗ばかりするようになっていました。反抗したあとは毎日のように後悔していましたが、仕事が忙しく、祈れなくなり、辛い日々を過ごしていました。そんな中で、この修練会に参加させていただき、祈る時間が増える中で、家族の尊さに気付かされました。私には、相談に乗ってくれる神やアベル、姉妹がいますが、私の家族は神様に祈ることもできず、辛い時、ひとりで戦い、ひとりで乗り越えてきたんだということを感じました。

 その中で、私は家族に反抗するのではなく、今まで辛い思いをしてきた家族の心を解放していけるよう、また神様の愛の通過体となり、家族の心を神様の愛で満たしてあげたいと思えるようになりました。そして、神様のように辛い時、悲しいとき、傍にいてあげ、嬉しい時、共に喜び合える家族にならなければいけなかったことに気付かされました。


第225回14日修 南東京 Y.S (47) F

 長いようであっという間だった修練会が今日で終わりました。私の大好きなBGMが流れる中、メモリアルのDVDを見ていると、開講式で見た表情とはまるで別人の笑顔になっていく姉妹たちや数々の小さな思い出がよみがえりまた涙が出ました。いろいろな課題を抱えて臨んだ修練会でしたが、毎日神様に祈り求めながら少しずつ色々なことが整理されていきました。自分の中に積もっていた悩みから開放され、真の愛で心を満たしてくれた神様とアボジにありがとうございましたと言いたいです。どれだけ私は愛されていたんだろうと胸がいっぱいになりました。アボジの証をたくさん聞くことができてよかったです。

 S講師の講義を受けることができ、毎日の祈祷も感動の連続でした。講義ができるようになりたい。御言を伝えたい。実体の神様、アボジを証ししたい。両親に祝福を受けてもらいたい。色々な思いがわきました。

 そんな思いを持った私に神様が優しく言葉をかけてくれます。「私が共にいるよ。お前は素晴らしい私の子だよ」と。力と勇気と愛を与えてくれた神様とご父母様、そして2班の皆様、スタッフの皆様ありがとうございました。これから真の家庭を作るため出航します。

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第225回14日修 京都 S.S (27) F

 14日間を振り返り…行く前日まで心情的に不安定で行きたくなかったです。14日間の長期修練会は初めてだったので、不安と緊張でした。原理を再度学んで心情も復活させて、神様と出会う目標を立てて14日間頑張ろうと決意しました。初日、兄弟姉妹がみんな神様と真のご父母様と心情が近いことにびっくりしました。私は祝福に対してもお父様に感謝もせず、この修練会に出ないと前進できないと思いまた、非原理の世界に戻ってしまう気持ちと闘いながら歩んできました。

 祝福はお母さんを安心させたくて受けたところもあり、これでいいのかずっと悩んでいました。神様、お父様も感じられない自分が嫌でした。この修練会を通して祝福を授かったことに感謝できるようになりました。2世ということもあり色々な思いもありましたが、本当に祝福を受けて、神様は私をずっと待っていたんだって感じました。霊界で先祖が私に願っているんだって思いました。お父様はメシヤなので、私は氏族メシヤとしてお父様を助け伝道していかなければと思いました。今までは何も思わなかったのに、家に帰ったら神様中心の生活をしようと決意したり、1日1日気持ちが変化してきました。

 まだまだ神様、お父様に相対基準を合わせられませんがいろいろな御言を学びたいと思います。自分でもこんな心情になってびっくりです。S講師が最後に語られた内容で、今出来ることをする、前進し続ける、自分の信仰のペース、周りと比較しない、休みたいときは休む、全部私に行ってくれているみたいで元気が出ました。この言葉を忘れずに神様とお父様に心情を合わせて新しい出発をします。14日間ありがとうございました。


第225回14日修 徳島 C.K (26) F

 この修練会に参加する前は、行くと決意したものの、初めての海外での修練会と一人での出発ということで、不安と緊張でしたが、ついてみるととても美しい海の景色ととても優しいスタッフの皆様に迎えていただき、とても良い環境で、2週間を過ごせたし、貴い1日1日を送れたと思います。

 原理を初めから学びなおしていく中で、自分の今までの献身生活を振り返り、反省させられることばかりで、日々の生活に追われ、疲れて、辛い思い感謝できない思いにかられていつの間にか見失ってた、純粋に為に生きる思いや、献身した動機などを正す良い機会になりました。

 家庭出発前に義務付けられている修練会であるし、数カ月前から予定していた修練会参加ではありましたが、振り返れば、本当に必要なときに神様が予定し、呼んでくださった修練会であったことを思い、神様の愛を感じました。講義を聞いていくうちに、あまりにも足らない自分と、また献身生活での悩みが一気に出てきて、すべて否定的になった時もありましたが、励ましてくれるスタッフの方の暖かさと、こんな自分でも許し、愛してくれて、ここまで導いてくれた神様であることを知り、自分の課題を明確にして、再献身できるよう心情整理もしていくことが出来たと思います。

 心の奥でなかなか決意できなかった家庭出発も、宣誓式を通して前よりは前向きに考えられるようになったと思います。献身生活は色々な思いを通過させられ、泣くことも多かったように思うので、これからは少しでも神様を喜ばすことが出来るように、笑顔で歩み、今まで与えていただいた恩恵と愛以上に親孝行できるよう、立派な祝福家庭を作れるよう頑張りたいと思います。

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第225回14日修 南東京 H.M (26) F

 今回の修練会は家庭修に出る前に参加しないといけないからという動機で参加していましたが、日が経つに連れて、心も開放されて、神様、ご父母様にも、スタッフの方々にも兄弟姉妹にもたくさん愛された修練会となりました。

 14日間、沢山の御言を与えていただきましたが、今まで知らなかった神様の事情や心情も知ることができました。神様はもともと深い愛を持っていらっしゃるのだと思っていたのですが、神様も怨讐を愛される挑戦をされていたことを初めて知り、とても驚きました。イエス様とアボニムが恩讐を愛されたのは、神様がそうであったからだと聞き、私も親なる神様と同じように努力してみようと思いました。そして、少しでも神様、御父母樣の心情をわかち合える私になって慰めていけるようになりたいと感じます。

 これから家庭出発をしていこうとしていますが、講義で神様が一番幸せな家庭を築きたいと思っていたことが切実に伝わってきて、神様が幸せを感じて喜ばれる家庭を私たちが築いてあげたいと心から感じ決意させられました。ひとつひとつのことを考えると不安になったりもしますが、神様の願いを知っているので、神様の喜びのために主体者と共に頑張っていこうと思います。主体者とも仲良く出来るように頑張ります。そして幸せな家庭を築いて多くの人に神様、御父母様を証していきたいですし、教会の中においても、希望の実体となっていきたいと思います。日々少しずつでも前進していけるように頑張ります。


第225回14日修 大分 S.M (34) F

 この修練会に来る前は、「早く家庭出発しなさい」と言われながらも、責任分担を言われて思うように動けず、仕事もしないとお金がないとか、お母さんのことをどうするか…とか、霊的になって、いろんなことを思わされて動かされたりで、何をどうしたらいいかワケが分からず、すべてが嫌になって教会へ行くこと、教会の人からの連絡を拒否していました。でもずーっと自分の中では変わりたい。原点に戻りたいと思っていたので、この修練会に呼んで下さった神様に感謝です。

 今まで何度か原理講義は受けていたのですが、すごく分かりやすくてスムーズに内容が入ってきて、ここでの講義は素晴らしいと思いました。一人ひとり神様の子女であって、偉大な重さがあること、兄弟姉妹の大切さ、原理の素晴らしさ、祈祷の大切さ、主体者を愛していこうと心から思えたこと。何があったとしても神様から離れずに信仰を持ち続けて、真の家庭を築いていきたいと思えたこと。家庭出発前にすごく心情転換させていただけたことに感謝です。和やかな講師の先生、スタッフの皆様方にも癒されました。済州島は素晴らしい!!感謝です。ありがとうございました。

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第75回5日修 北埼玉 U.M (37) F

 今回、このような修練会に参加して本当によかったと思っています。普段仕事をしていてなかなか休みを取れず、これ程集中して多くの御言を学ぶことがありませんでした。まだ信仰も幼く信仰歴も短い私が2月に祝福をいただいて信仰の素晴らしい主体者を与えてもらいました。まだまだ多くの原理、御言を聴いても知的に理解することも出来ていない私です。それでも私を求め、呼び続けて下さる神様が本当にいるんだと、この父の国である済州島に来て強く感じることが出来ました。

 S講師が言って下さった「原理の御言は変わらないんだ」ということ、それを中心に考えて行ったら必ず道が開けるんだと自信を持ってこれからも信じ少しずつでも成長していけたらいいなと思いました。


第75回5日修 滋賀 T.M (38) M

 2度目の済州島研修院の修練会に参加させていただき本当に良かったし、嬉しかったです。本当に前回もそうでしたが、海のすぐそばにあり、心情が穏やかな中で講義も集中して聞けるこの環境がとても大好きです。今回は成約摂理とのことで相対者と一緒に参加させていただき、さらに心に残る修練会になりました。これから家庭出発に向けてですが、ここで学ばせていただいた御言を忘れずこれからも頑張っていきたいと思います。5日間と短い期間でしたが、S先生をはじめスタッフの皆様には大変お世話になりありがとうございました。

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第75回5日修 北埼玉 E.N (31) M

 真のご父母様が近くに臨んでいらっしゃる、求めればすぐそこにいらっしゃる感じを覚えながら、恩恵ぶかい時間を過ごさせていただきました。感謝しています。現場であれこれと歩む中で祈りづらくなり何かが目づまりしたような感覚がつねに残っていました。久しぶりに祈りながら涙が出てくる、その様な心情に至ることが出来ました。神様は悲しんでおられるのだという事実、お父様が発見された神様は栄光の神様ではなく、住所もなくホームレス同然の神様だったのだということ。何度も教えられては、なんども見失ってきたことをもう一度感じました。そのような神様の前に、なんとも傲慢な私だったことか。「神様は今も叫んでおられる…」御言に本心が動いて出発し、すべてを喜んで捧げて笑う子女の姿を神様は本当に喜んで迎えてくださったのだけれども、原点から遠ざかり、原点から展開できずに止まってしまった私であることを反省させられました。私が祈るより前に、神様が叫んでいたのだということを、私がそこに行ったのではなく、神様がそこに送ったという事実をもう一度かみしめながら、出発したいと思います。


第75回5日修 岡山 S.K (26) M

 自分はこの修練会を始めは家庭出発のための条件という考えしかなかった。相対者には家庭出発に向けて自分の今の本当の気持を伝えるというのが目的のような感じでした。

 講義を受けていて、日ごろ受けている内容は時間の関係で、表面的なものが多かったけど、3日間一つ一つの内容を奥深く学べたっていう気持ちで、神様の6千年の悲しみがどれほどのものであったかというのが分かった。

 今までそれなりに講義を受けてきたのに、どれだけ神様に喜んでもらえるような歩みが出来ていたのかと思うと少し情けなくも感じた。今からは常に影のない生活をし、悲しませてきた分以上に喜んでもらえる自分になりたいと思う。相対者と一緒に修練会に参加したのも初めてで5日間を過ごしてみて改めていろいろな面を見れたし、神様に与えていただいた彼女の素晴らしさを感じた。参加した当初の悩みはほとんどなくなり、今はとてもスッキリした気持ちです。本当にこの修練会に参加出来てよかったです。

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第75回5日修 南千葉 T.N (28) M

 6月16日をもって講義が終了しました。今日までの5日間を通して得たものが沢山あったと思いました。講義の内容について理解するのはもちろんのこと、人と人との繋がり、そして神様、ご父母様との繋がりについてより一層理解が深まった。ほとんどの人達が祝福を受けていて家庭出発のために今回の修練会に参加していた。正直なところ最初の段階では不安でいっぱいだった私の心情も周りの人達のあたたかい心によって自然と不安はなくなっていた。今になって長いようで短く感じてしまうこの時間が少し寂しく感じます。

 佐倉教会で今回の修練会に求めることや目標を聞かれたが、自分の中では達成出来ているのではないだろうかと感じています。堕落性を少しでも脱ぎたいという考えで来て、今振り返るとなにか言葉には表せない達成感がある。また、講義内容全般で見てみると普段ビデオスクールでは得られない良さがあった。自分の目標について以前に比べてより本気で神様と1対1で真剣に向きあうことが出来たし、心情を理解出来るよう努めることが出来ました。これからも祈祷を通して神様との対話に努めたいと思いました。


第75回5日修 北千葉 T.K (29) M

 成長過程によって講義の内容で感じることが変わると思いました。家庭をもつ前ということもあり、本当に自分は相対者を愛せるのか、祈祷しながら受ける講義になりました。このようにまとまって原理講義を聞くのはとても久しぶりで新鮮でもありました。いつも社会の中で原理の知っているありったけを投入して一生懸命よく生きようと努力して来ましたが、この期間は本当に充電できて嬉しかったです。S先生が最後語っておられたなかで、イエス様はすべての責任を自分のものとして負われて、怨讐や恨みをなくして霊界に行かれたことを再確認しました。私も完全でなく失敗することも多々あります(当たり前ですが)そんな時思い出して、感謝の心で乗り越えていきたいと思いました。やっぱり御言によって人は再創造されるんだと思います。自分の中でまたこれからは家庭の中できっと英語で始めのうちは訓読するのかなと思いますが、その時間だけは何よりも大事にしていきたいと思います。心からゆっくりとした時間を過ごさせていただきました。

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第75回5日修 栃木 N.Y (26) F

 5年前に神様の愛に触れ、神様に出会ったこの済州島修練所にまた戻ってくることができ、この修練所、海を眺め、それだけで一瞬のうちに心も体も癒されました。一つ一つの講義もこれまでとは違った観点から原理を説明されたり、その裏にあったご父母様、神様の心情に触れることができました。特に最後の再臨主を中心とする復帰摂理の講義では、実体的に進められた摂理の内容とともに、その背後にあるお父様の心情、お母様の心情を知り、悲しみ、苦しみ、もどかしさ、申し訳ない…という様々な思いで一杯になり、涙が止まりませんでした。私たちは、私たちを愛して下さるお父様の姿を見て「愛されている。ありがたい」とばかり感じ、さらに求めてばかりいたように思います。ボムネッコルの小屋に第一のお母様と聖進様が訪ねてこられたときに、私たち食口が「お父様、私たちは良いですから、どうぞ行ってあげて下さい」と一言言えたなら、今の私たちがただ求めるだけではなく「私は大丈夫です。」と言えたなら…と深く悔い改めさせられました。そして、どんな環境でもどんな人との関係においても、私が神様、ご父母さまと一つとなっていれば、何も問題ないという確信を持つことができました。祈ることで与えられ、御言を学ぶことで道を切り開いていくことが出来るということを知りました。これからもたくさんの試練はやってくると思います。絶対に神様、ご父母様をつかんで超えていきます。この4日間で済州島の自然に癒され、今回もこの地が私の信仰の再出発の地、ベテルの地となりました。前回は祝福前、今回は家庭出発前、次回はいつ参加できるだろう…と今から楽しみにしています。また必ず戻ってきます!!


第75回5日修 北東京 A.Y (317) F

 今回、済州島の修練会に来ることができ、沢山の恵みをいただけ、感謝と感動で胸がいっぱいです。いつも優しい主体者がいてくれるけど、相手に求めるのではなく、自分が愛されるのに相応しい自分になっているかをもっと求め、考えていきたいと思いました。そして、主体者がいてくれることの感謝、何よりも生きていること、御言に出会え学べたこと、祝福をいただけたことに改めて感謝しなおして出発したいと思えました。

 神様でしかこの主体者を見つけることはできないだろうと思ったし、自分の力では出会えなかったし、ふさわしく私に与えられた相対関係だからこそ自分も相手も補い合い成長していけることを知って本当にこれから色いろあると思うけど、二人で頑張って行きたいと思いました。私自身が神様としっかりと繋がり、真の愛で主体者を愛し、真の愛のある家庭を作っていきたいなと心から思えました。

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第75回5日修 西広島 Y.N (22) F

 今回、はじめて済州島に来させていただくことができ本当に感謝です。ご父母様の精誠がつまった場所なのだということを実感しました。私は準備が足らなくて「こんな状態で行っても良いものか」と思いながら日本を出発しましたが、祈祷していく中で、神様がこれほどまでに逢いたくて逢いたくて、わたしを呼んでくださったのだということを感じ、涙が出ました。そして、来て本当によかったと思いました。

 海岸で祈祷していく中で今までの自分が祝福を受けてからというもの、主体者と向き合いきれず、後ろ向きな姿勢であったことを悔い改め、報告していきました。するといろいろな内容が見えてきて、私は高校卒業以来、訓練部隊に所属できず、韓国留学もできずに生活してきたことが恨みになっていたようでした。しかし祝福を受けた国が中国であることを思ったときに、中国ではアベルがいるわけではなく、個人での信仰もとても大切なので、そのことに向けての私だけの特別な訓練期間であったのだと感じ、感謝しました。

 このような短い期間で感じる内容がとても多く、恨みも解け、自身の心情も安定していったことを思うと、神様、ご父母様の精誠と講師とスタッフの方々の精誠と完全投入があったとしか思えません。本当に感謝です。また必ず来たい地の一つになりました。


第75回5日修 青森 N.F (34) F

 私は、この修練会に来る途中もついてからも心情が良くありませんでした。私は信仰歴は長いけれど、ほかのみんなと違って、全然頑張ってないから、やっぱり「私なんか!」という思いでした。

 でも今は参加してとても良かったと思っています。一昨日から「神の子運動」も唱えてるし、祈りも今までと違って好きになれそうだし、前向きな気持になれました。やっぱりご父母様が愛してこられた、この済州島の地はすごいパワーが宿っていると思います。閉講式でS先生が「周りと比べなくてもいい!自分のペースで」とおっしゃっていたので、自分のペースで、前向きに進みたいと思います。縁あってこの75回修練会に一緒に参加した兄弟姉妹の皆さんも自分のペースで頑張って理想家庭を築いていって欲しいと思います。

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第75回5日修 岐阜 N.K (38) F

 修練所の前に海が広がり、穏やかでゆったりとした雰囲気の中で沢山の慰労を受けて過ごした3日間でした。修練所のあちこちに真のお父様の愛が染み込んでいるようで講義の中でも16万の時の証を聞かせていただき、真のお父様の息遣いが聞こえてくるようにとても近く感じました。ここ済州島の修練所は真のお父様の愛を深く感じることができ、重生の役事が受けられるところなのだなとつくづく感じました。

 特に最終日の主の路程の講義では今までになくお父様があまりにもかわいそうで仕方なく、涙が止まりませんでした。こんなにつらい愛の試練の峠をなんども超えられたのだなと私には想像できない痛みだと感じました。ますます真のご父母様が慕わしく、私もより深い愛の持ち主となって、神様と真のご父母様に親孝行を沢山していきたいと思いました。お食事も暖かい味でとても美味しかったです。


第75回5日修 北東京 Y.K (28) F

 美しくてのどかな済州島にいるだけで、神様の愛を沢山感じられて元気になる感じがしましたし、お父様が日本だと思って訪ね、精誠を尽くされた地だというのは来てみて初めて知りました。同じお部屋を使わせていただいて、同じ窓辺から同じ風景を見て、日本を想われながら御言を語られ投入された精誠と、そしてそんな研修院をずっと守ってきてくださっているS副院長はじめスタッフの皆様の精誠をとても感じて、沢山神様の愛を感じられた気がします。今まで受けてきたどの修練会とも違うのを感じて、たくさんの御言が私に語られているとか、ご父母様、ご子女様の歩みが私の歩みとつながっていることとか、たくさんのことを感じました。

 初めてきたところだし、5日しかいなかったのに、最初から懐かしくて家に帰って来たような安心感で、もう帰らなきゃいけないのが寂しいです。本当に今回は私自身も心が開放されていたんだと思うし、いつも修練会で感じる“こうじゃなくちゃ!”という焦りみたいなものもありませんでした。「原理の生活化」と日本でも耳にタコができるほど聞きますが、全然実感としてわからなくて、第一原理がわからないのに・・・って感じてきましたが「完璧にやろうとするから難しく感じるのであって、少しずつ出来ることから日々の中に取り組んでみるしかないじゃないの」と、とても前向きに自然に「頑張ろう!」と決意することが出来ています。


研修院の足跡

11. 日本女性指導者5万名教育(14)

研修院

 愛は一つにする力です。神の相対理想において、さまざまに異なった性禀をもつもの同士を一つにして、より高い理想に引き上げる力が愛です。愛は年齢の違い、個性の違い、そして人種の違いまでも超越して人間相互を結ぶ力となり、また、愛の故に二つの極をなす男性と女性という二性も一つに結ぶ事ができます。
  愛のその様な性質の故に、四つの愛も相互に密接に関わり、それらの愛の完成点も一つなのです。男性と女性が一つとなって神様と出会う時に、一番最初に神と触れ合う人間の愛は、人生においてまず人間の中に芽生えて行った愛、すなわち子女の愛です。神と一つとなって変わる事のない息子、娘の心情が定着する時子女の愛は完成して行きます。
  第二番目に神と出会う愛とは、子女の愛を追うように成長して行く兄弟姉妹の愛であり、この愛も男性と女性が一つとなって神と出会うその場で、永遠に変わらない兄弟姉妹の愛として完成して行きます。
  そして、その二つの愛を内包しながら、初めて夫として、妻としての本然的な情の成長があり、神と一体となることによる第三の愛としての夫婦愛の完成へと続いて行きます。
  結婚の目的の第二は神の愛の占領であると文先生は言われました。愛には愛する対象を所有し一体となりたいという性質や、愛の主体によって所有されたいと願う性質があります。愛は所有関係の根拠となります。かつてメシヤ誕生の土台を築いたアブラハム、イサク、ヤコブの三代を祝福し「私はアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神」と御自身を紹介された神様でしたが、その神との心情の絆はいまだにイスラエルの歴史に命脈を保っています。けれども、もともとの神の願いは「アダムの神、エバの神」として、成熟した夫婦の愛の懐を王宮として、永遠にそこに住みたかった神様であり、人間の祝福と永生もその神様とともに出発するはずでした。

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