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済州島便り vol.025(2009/08/15)

成和青年済州島7日修練会

【目的】
 1.原理の体系的学習と信仰生活
 2.純潔の価値と為に生きる人生
 3.二世公式七年路程及び21日修
【特徴】
 1.高校生以上の二世が両親と一緒に参加できる(ご両親だけでも歓迎)
 2.信仰の悩みを抱えている人も大丈夫
 3.済州島の美しい自然を観光し、祈りながら生きた神様と出会う

天が期待する成和青年済州島7日修練会!

心の溝を埋める時

 第8回を迎えた成和青年済州島7日修練会は8月24日〜30日の日程で、33名の参加者をもって行われました。回を重ねるごとにスケジュールも多様性が増し、父母を対象とする家庭教育講座、親子が水入らずで語り合う心情交流の時間も特別に設けられ、長年埋めることのできなかった隔たりを初めて超えることができたという多くの証しが生まれています。また今回は、突然でしたが、韓国の教会史の中で、この方なしには語れない李耀翰先生が来られ講話をしてくださるという恵みがありました。李牧師は韓国動乱の最中、一時済州島の西帰浦市に信徒とともに疎開し、牧会生活をされていましたが、天の啓示に従って釜山のボンネッコルに文先生を訪ね、再臨のメシヤと出会われたお方です。釜山、大邱を初めとする教会の一番の基礎を残されました。93歳というご高齢を全く感じさせないお元気な姿で、今回も心情を中心とする人生の在り方を力強く教え諭して下さいました。

真のお母様縁の孝敦初等学校前で

参加者の約三分の一が父母で、その割合の増加とともに益々親子修練会としての意義が深まっています。さまざまに心の壁を持ってきた二世達も、神様を中心とする兄弟姉妹達との出会いで、氷が融かされるように笑顔での出発となりました。

李ヨハネ先生の講話から 1

李ヨハネ先生

 宗教的な行いは、もともと真の自分を求めるためのものですが、儀式の為の儀式になってしまうことがあります。敬拝を捧げるのも、侍る心を求めるためのものですが、形だけになってしまうと、むしろ真の自分にとっての障害となります。神様とイエス様の恨を知らない信仰は偽善的になりやすいのです。私たちは、お父様のご苦労を涙で体験した息子、娘になっているでしょうか。子供の世界は観念と心情が分離していません。子供にはウソと偽善がありません。聖歌一曲も涙の為の聖歌です。心情を求めるためのものです。挨拶一つも心からすべきでしょうか、観念的に習慣的にすべきでしょうか。それが分からない人は心を捨てた人です。

 健康な人は食べるのが嬉しくて、心情の湧きあがる人です。食べ物を口に入れると美味しさによって心が喜ぶ人。肉心的に生きている人はその喜びを失っています。心の無い人は生きるのもやむを得ず暮らしている人です。心を根本にして暮らすのが、真の自分を求めるということです。やむを得ずというのは愛着心がありません。

 孝とは、自分より親を大切に思うことです。親の悲しみを自分の悲しみとして感じ、親の願いを自分の願いとして果たしてあげたいと思う心です。人間は自分から生まれてきたのではなく、主体の願いの中で生まれてきました。
自分を肯定して生きようとするところから葛藤が生じます。心は為に生きることを喜びと感ずるのです。自分を否定するところから出発するのが為に生きる人の生活の仕方です。

修練生の感想 ― 子女として ―

福岡 O.T 祝二(19) M

 ここに来る前までは、神様がいるか分からなかったし、原理の内容も良く理解できなかった。小さいころから強制的に教会に行かされて、仕方なくこの道を歩んできた。なぜか、Jr.STFになって、その時は充実した生活を送っていたけど、やっぱり心に引っかかるものがずっとあった。そのままCARPにも入って、何ヶ月か頑張ったけど、限界が来て、辛くて、CARPを止めた。その時自分はたくさんの人を悲しませてるなって思った。でも、こんな自分でも本当の弟の様に心配して思ってくれるヒョン(兄)達がいて、ヒョン達が自分にかけてくれた言葉を思い出すたびに、涙が止まらなかった。

研修院中庭で

 ヒョン達の為にも、もう一度頑張ろうと思った。そしてこの修練会に来た。講義を聞いてゆく中で、神様は居るんだなって本気で思えた。自分が生きる目的は神様、人、万物を愛する為なんだって分かった。為に生きることがどれだけ大事かも感じた。自分は二世として落ちこぼれだけど、今まで、たくさん悲しませてきた神様の為に、もう一度この道を、神様を、自分を信じて頑張って行きたい。7日間ありがとうございました。


南埼玉 O.C 祝二(17) F

 今回この済州島7日修練会に参加して、一番良かったのは、やっぱり神様の愛をたくさん感じることができたということです。周藤先生の講義の中で、本当に神様は私に愛を与えて下さっていたことを改めて感じました。6000年間悲しみの神様だったけど、今度からは自分達二世が一世に負けないくらいの根性で神様の愛の主人として立って行けるように、神様をたくさん喜ばせて差し上げたいです。
  来年はSTFチャレンジャーということで、今回の修練会で決意することができました。

 

南埼玉T.H 祝二(17) F

 この7日修練会を通して、私自身も2世であることの自覚と、祝福と絶対「性」でなければならない理由を聞き、今までは理解できなかったけれど、今回心から分かることができこの修練会に来て良かったと思いました。
  今までため込んできた、両親に対する気持ちや、私が悩んでつっかえていたことを全て母に話をすることができ、17年間ためてきた内容や親に対する恨みというか怒りの感情が一気に無くなり、辛く苦しかったのがウソのように気持ちが和らぎました。以前は母の前で泣いたり踊ったりがすごく嫌で、やったこともなく、兄弟姉妹の前ででも恥ずかしくてそんなこと出来なかったけど、修練会では全てを克服して、初めて母の前でダンスをしました。そして、いつも自分が辛いことで一杯いっぱいで、親の気持ちを考えてあげる事が出来なかったし、お手伝いも、これは親の仕事と決めつけてやってこなかったけど、そうではなく、両親にも侍る生活が大事だとわかりました。

研修院食堂で

 これから、日常生活に戻るけど、決意したように、情を横的に流すのでは無く、さみしくなったら神様に祈祷し、神様と縦的関係を結び、神様の元へ帰って行きます。また、初めて母と抱き合いました。本当に一週間、一人ひとりに愛を投入してくれて、ありがとうございました。たくさんの愛をこれでもかというくらいに頂いて、本当に感謝しています。

 

 

南浦和 M.W 祝二(19) F

 済州島の修練会に来て、両親がどのようにして二世に神様の血統を与えてくれたのか、神様の願いをかなえる為に、どんな道を歩んできたのかを知ることができ、両親に感謝して尊敬できました。今まで、何で教会の為に二人とも必死になっているのかが理解できなくて、自分自身もたくさん悩んで辛かったけど、やっと少し分かってきて本当に良かったです。
  そして、家族一緒に神様の夢に向かって歩んでゆきたいと思いました。神様にはいつでも会うことが出来ると分かったので、帰ったら訓読や祈祷を毎日やって、神様と繋がって行きたいです。

 

宮崎 W.K 祝二(20) F

 今回私は母と参加することができました。 昔は本当に教会の話をするのもされるのも嫌だったし、親を親と思っていない時がありました。でも段々と年齢が上がるにつれて、親も私を理解するよう努力してくれて、教会に対しても一回原理を聞いてみようと、今回自分から行きたいと言って参加しました。
  済州島はすごく良い環境で、素直に御言や講義を受けることができました。とても自分の中で強く残っているのは、神との親子の関係ということと、個性真理体です。自分の生まれた意味がずっと分からなかったし、生まれない方が良かったんだろうなと小さい頃から思ってきたので、本当に嬉しかったし、救われました。親子の関係というのは頭では分かっていても、心で感じられず、真剣に講義を聞いてみて、親である神様の気持ちは死ぬよりも辛かったんだろうなと思いました。
  この修練会では、今まで生きてきた中で、一番神様の愛を感じました。それ以上にたくさん神様に愛を返してあげられる自分になる為に、良心に従ってこれからは生活して行こうと思います。

スナップ

修練生の感想 ― 父母として ―

北埼玉  I.H (50) F

 今回親子で参加出来ましたことを、神様と御父母様に心から感謝いたします。特に、面接を受けることを通して、また親子の心情交流の時間を持つことを通して、娘が何年も言うことができずに、一人で抱えて悩んで来たことを告白してくれた事が感謝でした。 この済州島の修練所だから言うことが出来たと、心が解放された様子でした。
  そして、本当に悔い改めなければならないのは私の方で、娘に善悪をはっきりと具体的に教えてあげることが出来なかったし、何でも報告、相談することが出来る信頼関係を築いて来れなかったこと、夫婦がよく子供の前でケンカをして、心配をかけてしまったこと、そして、何より、訓読生活や安侍日を生命視して、天の伝統として生活化できていなかった事、私自身、神様との縦的な関係があいまいになっていたのですから、娘の事を言う資格はありません。
  今までの不足をわびて、娘を抱いてあげることができて、親子で一緒に祝福に向けて取り組んでゆくことができます。

 

島根 S.K (57) F

 あっという間に過ぎてしまった7日間でしたが、沢山の恵みを受け心から感謝しております。 後天時代を迎え、どのような責任分担を果たしてゆけばよいのか明確に示して頂き、心情の動機と目的を正して出発でき本当に良かったです。
  また、親子で同じ霊的空間を共有でき、新しい体験でした。久々に聞く原理の御言でしたけれど、日々の忙しさの中で本質的なものを見失って歩んできたことを反省させられました。妻として、母として、そして天の娘として恥ずかしさで一杯です。子供に要求する前に、まず自分から信仰生活を正し、真の愛を実践して来たなら、娘もこれ程までに苦しんで来なかっただろうにと申し訳ない思いで一杯です。
  天が与えた絶対的二世の価値を信じて、諦めることなく精誠を尽くして娘の為に頑張って参ります。

スナップ
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